2001年宇宙の旅
2001: A Space Odyssey

米 1968年 139分
(他に148分版 156分版有り)

監督・脚本 スタンリー・キューブリック
脚本 アーサー・C・クラーク
出演 ケア・デュリア
    ゲイリー・ロックウッド
    ウィリアム・シルベスター
    ダグラス・レイン(HAL)
 





お名前: 通りすがり   

有名とよく聞く映画、2001年宇宙の旅があったので借りて見ました!
しかし、いまいち理解力のない僕にはこの映画は何を伝えたかったのか?
が、わかりません。もし2001年宇宙の旅を見た人がいれば教えてください。
この映画は何を伝えたかったのか?を・・・。



お名前: ooshima   

通りすがりさん、私も初見の時は「?」でしたよ。

映画は「人類を進化させたのは宇宙人だった」て内容ですよ。
映画秘宝のウェイン町山氏もハッキリ言ってますから間違い無い(と思う)

発端は「ニーチェ」とか言う発狂した哲学者が言った「神は死んだ」(だったか?)がきっかけ。一神教の連中はある時「神様なんていないらしい」とハタと気が付きノイローゼーとなった。「これから何を信じればいいの?」の問いかけに答えたニーチェが「俺たちが神になりゃイイジャン」と即答。高度に発達した知性は肉体を脱ぎ捨て、時間も空間も超越し、他の惑星の原始的な生命に干渉したかもしれない。とすると、人類を進化させてくれたのはその知性かもしれない、その知性は神にも等しいのではないか?キューブリックは「人類が神となるも自滅するもあんたら次第だよ」と言っているのだ。  (以上「映画の見方が解る本」より要約)

小説版「2001年宇宙の旅」を読めば疑問は全て解決出来るそうだ(読んでないけど)



お名前: 灰色猫   

たしかに?でした
でもなんとか3001年まで読みました。
ちなみに今売ってる2001は改訂版で昔のよりくわしいそうです。



お名前: ゲルト   

「ねえこんどスゴイSF映画が来るんだって」
「でもその映画、怪獣出ないんでしょ」
「ふ〜ん、じゃあツマランねえ」

・・・・そうして私は初公開時には見なかった。
(もっとも見ても子供だったから判らんかったろう)



お名前: キプクロス   

「肉体を脱ぎ捨て、時間も空間も超越した高度に発達した知性」が唯一使う道具がモノリスだったのです。これはどんな用途にも使えます。「2001」の中で、地球上では猿の教育係、月の上では通信器として機能しました。そして映画中の描写では全然使い道がわからなかったのが木星の軌道上のでかいモノリスですが、これは「どこでもドア」で、ここをくぐる(シュールすぎてよくわからない光の流れ)と、いろんな宇宙や星(シュールすぎてよくわからない ネガフィルム等)を見学できます。
時間と空間を超越するので、デーブさんには人間をやめてもらわなければなりません。
その手続きが、じいさんに変身する場面です。怖がらせないためにデーブさんの記憶を探って、ホテルの一室で人生最後のひとときを過ごす、みたいな地球人が馴染みやすい雰囲気を出してみたのです。新聞雑誌や食事まではよかったのですが、照明が天井ではなく床が光ったりしてもう一息でしたね。
超知性体の仲間入りをしたデーブさんが核戦争寸前の地球に戻り、この授かった力で地球で何して遊ぼうか、と悩むところで終わります。

映画だけでここまで理解した人がいるわけないので、気にすることはありません。



お名前: アーサー伴   

古き良きキリスト教と、ダーウィンの進化論を補完しつつ
そのちょうど真ん中を狙ったんじゃないでしょうか?
変質してしまった教会至上主義を否定しつつ、
でも、まだ夢があるような・・・



お名前: うっちゃん   

私は、難しいことはわかりませんが、ただ、宇宙空間に人間がいると不自然だという事しか感じませんでした。それと記憶にあるのはHALはIBMの前のアルファベットで命名されたってことかな?



お名前: ゲルト   

確か2001年にはその元となったクラークの短編(『前哨』だったかな)がありましたが、同じクラークの『地球幼年期の終り』という作品も人類が次の段階へ進化する話でした。生物(知性体)が進化の果てに純粋な精神体(宇宙意識)になっていくというのは繰り返し語られるSFの普遍的テーマの一つでしょう。 (最近では『エヴァンゲリオン』がそうでした)
そういえばエヴァンゲリオンもそうでしたが、『難解だ』『判らん』というのもその作品の『味』でしょう。判りやすい映画や小説ばかりだったらツマラナイ。この映画が難解だからこそ、公開されてから何十年もたった今こうやってサカナにバカ話ができるんですから。
 それに何といっても、『謎解き』というのは人類最高の楽しみのひとつですし。



お名前: コギポッタン   

小学生の頃に父親と観たんだけど、途中で二人揃って寝てしまった記憶がある(笑寝てしまったのもあり、当然感想の方は親子共々「なんやらよくワカランちん。」でしたとさ。

それ以来『2001年』を観直すどころか、キューブリック作品は何故か避けて来ているなぁ…
別に嫌いだとかじゃないし、いつかは観なきゃとは思うのですけどねぇ。



お名前: ゲルト   

実は私も『バリー・リンドン』を最後まで見た記憶がない・・・



お名前: 地獄の門番   

私にもよくわかりませんでした。普通の感想だと思います。
恐らくキューブリックは、意図的に難解にしてるんだと思います。



お名前: みなーみ   
アンドレイ・タルコフスキーの「惑星ソラリス」「ストーカー」とこの作品、ようしっ観るぞ!と肩に力入れて観ようとした事が何度かありますが残念ながら全敗でした
個人的には「2001年」は余り趣味にあわないんですが
タルコフスキーの映像は断片だけでも妙に心に残ってます

観きってない作品に対してどうこう言えた義理ではないですが(笑)



お名前: サンドラ・ジュリアン   

映画って必ずメッセージ性が有ると思わない方が良いでしょう。
これも雑誌等には「未来の宇宙旅行」なんて特集の時には写真が使われますから
未来予想の見世物と割り切ったほうが面白いのでは?

『2001年宇宙の旅』は寝ないのですが、タルコフスキー作品はグッスリ寝てしまいます。
いままで『鏡』を最後まで観た事が無いのですよ。

それではHGルイスの『モンスター・ア・ゴー・ゴー』のメッセージを
理解できた方は解説をお願いします。



お名前: ろった   

2001年宇宙の旅は、内容が良く判らなかったので、クラシック音楽のイメージクリップとして捉えておりました…お莫迦なろったでございます。


そして、ゲルト様の書き込みを見て、
『おお〜っ、褐色の毒舌…直訳するとブラウン・タン!(違)
 っつ〜事は…
 レッド・タン!(ボカ〜ン)ブルー・タン!(ドカ〜ン)イエロー・タン!
(ドド〜ン)ブラウン・タン!(ダダ〜ン)ピンク・タン!(ズガ〜ン)
        我ら、毒舌戦隊ファイブ・タン!!』
と思った、さらに×2、お馬鹿な私でした…。

とゆ〜事で、『モンスター・ア・ゴー・ゴー』のメッセージは次の方にパス!(笑)



お名前: 山田ぶうたろう   

「2001年」がリバイバル公開された時、学生だった私は、今はなき「テアトル東京」へ、意気揚々と観に行ったのでした。
ところが、この映画は大変長い為、見ているうちに昼食時間を過ぎてしまったのです。
しかも、映画に途中休憩があるのです!
当然私は、何か腹の足しになるものを、と売店へ急いだ訳ですが・・・
なんと! ちっぽけなサンドイッチが600円もするのです!!!(当時ラーメンが400円前後)

・・・泣きながら買いました。腹はちっとも膨れません。
しかも、財布には帰りの電車賃くらいしか残っていません。
画面はすばらしかったのですが、おなかとふところが惨めな映画でした。

(ゴメンナサイ、『モンスター・ア・ゴー・ゴー』知りません。お次の方にパス!)



お名前: みなーみ   

長い映画と言えば、旧梅田OS劇場で見た「ベンハー」は長かった!
解体前のお別れ上映で観たのですがいつもなら、ガラガラの巨大劇場がスシヅメ状態で僕は通路に三角座り
換気システムも古く「ロボコップ2」の上映の時には、問題無かったのが明らかに酸素が足りない、頭痛に悩まされながら観た為これまたせっかくの巨大画面をちっとも楽しめなかった、あーもったいなかった・・・

(『モンスター・ア・ゴー・ゴー』未見であります、次の方お願いします)



お名前: ねぎ   

「2001年」は内容については何も考えずに見てました。考えれなかったという事かもしれません。
ただリゲティの音楽とJ・シュトラウスの音楽が対象的で眠れなかったです。未来の音楽はロマンチックと
実験的なものが共存する…なんて事を暗示してたりして。

私が一番眠たかった映画はゴダール監督の「アルファビル」です。3回寝て2回起きました。
起きてた時間の方が長いのですがフランス語のせいか退屈なストーリーのせいか頻繁に眠気に襲われ完全に眠るとすぐに壊れたマイクで喋った様な不快なダミ声が聞こえその度に起こされ、またしばらくして眠たくなり眠ったらすぐ嫌な声で起こされるの繰り返し。ストーリーも分からず眠たいのに眠れない。拷問のようでした。
 これはもしかしてアルファー波が出るのを妨げる演出なんでしょうか。



お名前: にら   

キューブリック監督作は、映像に音楽があるのではなく、音楽に映像がある状態。と考えて見ると楽しいって誰かが言っていました。
確かに!
皆様お試しアレ。

私も2001年〜は何度見ても何を聞いても、正直解りません。
意味がわかっても、辛かったりします。
こんな自分が残念ですが、そんな事もあるさと。



お名前: U.S.S. N. Sea   

 2001年宇宙の旅は予め知識を持って見たので、結末に関しては……まあ、納得はしています。
 でも、良くわからないことが一つ
「どうして、HALは反乱を起こしたのか?」……です。

 実は「HALの反乱」を飛ばして見たら結構わかりやすい作品じゃないかと思うんですよ。
 1)サルがモノリスに触ったら、何故か知能が上がって道具(骨)が使えるようになった。
 2)サルが人類に進化し、それと共に宇宙旅行が行えるほどに文明が発展した(骨から宇宙船へ)。
 3)再びモノリス出現。
 4)人類の英知を集めた宇宙船が木星探索に出発。

   〜省略(笑)〜

 5)唯一、生き残った宇宙飛行士がモノリスに触れる。

 で、最初にサルがモノリスに触ってパワーアップ(笑)しているので、人類がモノリスに触った場合
 もパワーアップするんじゃないか、と予想するのはそれほど難しくはないでしょう。
 (実際はそれでもわかりにくいかもしれませんが)
 こう見ると「HALの反乱」の部分って物語の大筋に関係ないんですよね。
 それなのに何故、こんな展開を入れたのか? 
 個人的には解釈があるんですが、違う意見を聞いてみたいところです。

 ……しかし、「HALの反乱」を抜いたら、30分くらいで終わりそう(おまけに殆ど宗教映画)。



お名前: ダゴン   

うーん、確かに「HALの反乱」を入れた理由がわからん・・・。
それ以前に、HALが壊れた(とされる)原因は、続編の『2010年』で説明されている通りだとして、何故それが1作目で説明されてなかったのか?
ひょっとしてどうでもよかったのか?
人類がスターゲイトをくぐる口実が欲しかっただけなのか?

監督だって、単に現代科学に警鐘を鳴らすだけなら『博士の異常な愛情』でやっているから再び蒸し返すことはないだろうし、クラークの作風からしてもその問題には興味はないと思われる・・・。
う〜ん、なんで???



お名前: MA・T   

 皆様盛り上がってますね。HALですが、『2001: A Space Odyssey 』つまり「オデッセイア」ですから、やはり一つ目モンスターのミノタウロス、という事
で良いのでは。HALのエピソードがなきゃ、木星行は淡々と進んじゃいますしね。つまりコーエン兄弟の『オー・ブラザー』なら、ジョン・グットマンがHALの役をやっている、という事ですね(笑)。

 ところで『2001年』が当初企画された様に、「全編ナレーションで解説」「スターチャイルドが愚かな(旧)人類の造った、核弾頭人工衛星(冒頭に現れ る謎の人工衛星)をエイヤッ、と一掃」という話だったら・・・確かに話はスッキリしますが、単なるSF映画になったでしょうね。全編ナレーションって、ひとつ間違えりゃエド・ウッドやがな。

 皮肉でなく、観客に多くの情報を与えずに、受け手側に解釈を委ねる事で傑作になった映画でしょうね。現に2001年過ぎても、こんな話題が出るぐらいですし。そしてひたすら物語より、映像に拘ったS・キューブリック・・・公開時クスリやる時に観ると良い「トリップ映画」として定評があり(オイオイ)、 私もその映像を梅田のOSで観たときは凄い!!と素直に感動しました。

 つう事は、みーなみ様と同じ時期に見たのかな?(笑)



お名前: キプクロス   

矛盾した命令を与えたためHALはノイローゼになったので、正確には反乱ではありません。
恐らく、超知性体ー人類の関係と、人類ー人工知能の関係を対比したのでしょう。
人類も知能を持つ存在を創れるほど進化したと思いきや、命令の仕方をうっかり間違えるなどマヌケな面もある、と描いたのは続編で意味を持ちます。超知性体も人類同様、進化させたものを、「思いどーりにいかねー」と、あっさり皆殺しにしてしまったりするのです。
結局、超知性体は崇高な存在でもなんでもないんだよ(なぜなら超知性体も進化の結果に過ぎないから)、神様みたいなものじゃないんだよ、俺は神様を描いた訳じゃないよと言いたかったのでは。
神様を信じないクーブリックもこのアイデアには「ウホッ」と思ったはず。いや、思ったに違いない。






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