お名前: みなーみ

「静かなる決闘」

会社側は、黒澤明を説得し、私達ふたりを「引き離す」ことで一応の決着をつけたつもりらしかったが 少なくとも私自身の「心」の決着は、そう簡単につきかねた。しかし、不思議に、再び黒澤明に 近づこうという気持ちは無くなっていた。生まれてはじめて見た、男の素顔、というか、あの能面のように 硬い黒澤明の表情が恐ろしかったのかも知れない

高峰秀子「私の渡世日記」より黒澤明との恋愛の結末を描いた文章

例によっていきなりだが、この掲示板で僕の文章を時々読んでくれている人の中に
"童貞をこじらせた"痛い経歴を持つ人はおられるだろうか、初体験が25歳以降のかたをこう呼ばせていただく(笑)
どうか気持ち悪いとか言わないで欲しい、まぁしょうがないが・・・僕もその口なのだ

僕の悪い癖は御大と自分を同一視しようしようとする所である、しかしこの映画を
観る際この"童貞をこじらせた”経歴があるないが実に重要な要素になると確信する

映画本編はどちらかと言えばヘタをすると失敗作に分類される一本である、伊福部明が音楽をやっている事
大映で撮影された作品である事、意外、特筆すべき点はあまり無いと言ってもよいかもしれない
だからこの高峰秀子との恋愛事件を知るまで正直僕の中の黒澤リストのなかでもカナリ低い順位にある作品だった

黒澤監督は戦時中「馬」の撮影中、暴れ馬から彼女の危機を救うと言うまるで古臭い少女漫画のような
キッカケで恋に落ちるが、その恋愛が当時の新聞に報道された事により生木を裂かれるように別れさせられる
この恋愛はじつにプラトニックなもので、言ってしまえば幼いものだった黒澤明31歳、高峰秀子17歳の時の事である

この作品の主人公は、軍医時代手術中のミスで梅毒患者になってしまう
彼は潔癖症である戦前は不道徳と決め付けて遊里に行くこともせずかつ結婚を決めた女性と交渉を持つ事も無かった
戦争中は、婚約者への操をつらぬくが、梅毒を感染させられ女性との関係を持てない体にされてしまう

そんなわけを彼女に告げる事をせず、別れる選択をする主人公、婚約者に訳を聞かれるが、なにも答えない
この時の三船敏郎の無表情はまさに高峰が書き記した黒澤監督の無表情そのものだ

物語の最後、主人公は感情をぶちまける
「<うろ覚えのため略>〜そんな事、僕の肉体には関係がないんだ、道徳的な感情のせいで僕の肉体は一度も享楽を味合わず今日まで来てしまった〜<略>」

三船の熱い演技が見られる長い台詞のシーンだが、下卑た考えでいけばたった一言ですむ台詞である

「そりゃ!俺だってヤリテーよ!!」

これが、童貞をこじらせた人間の台詞でなくてなんであろうか?

真面目だったりもてなかったりで、童貞をこじらせた人間にとって恋って奴は日常ではない
長いコンプレックスの日々は、自分を欠陥のある人間だと決め付ける、しかし欲望は妄想を掻き立て自分を苦しめ続ける
そこに若い可憐な少女が現れたりした日にゃあ、そりゃあんたトンでもないことなわけ真剣に!
笑いたけりゃ笑うがいい、でもその涙が出そうな程の嬉しさは多分そんな人間にしか味わえない物なのだ

ましてや、黒澤監督の出会いはまるで、神が演出したかのような劇的なものだった

それはもう宝なんてモンジャナイ、自分に対する救いそのものと思えてしまう程、魅力的な物なのである

ましてや、激情家で知られる黒澤監督である、惚れてきたのが女の方とは言え、その感動は尋常なものでは無かったと思う

この作品は、取り立てて面白い作品では無い、でもこれは黒澤監督の高峰秀子との恋愛の挫折を、そのまま脚本化した作品だ
愚者の考えかもしれないが、僕にとってはケシテ他人事ではない作品なのである

<お勧め度 5点満点中 2点>





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