お名前:みなーみ


トラ!トラ!トラ!と黒澤明 1

「せっかく立てたスレッドだし、30作品の感想でもサクット書いてやるか!」

そんな軽い気持ちで、ここまで、いい加減に黒澤映画の感想と僕の点数を書いてきた
それがココに来て妙に、ひっかかるのは
考えてみれば当たり前で「赤ひげ」以降からの10年前後はこの人にとって
有名な受難の時期だったのだ・・・と改めて言うのも恥ずかしいぐらいの常識であった

とりあえず山田さんに教えていただいた「異説、黒澤明」を読んでみた、この本の中心の
話題は、まんま黒澤明受難のこの時期に集中している
非常に面白かったです勉強になりました山田さんありがとう!
ここから先はDVD特典のR・フライシャーの談話と珍書「黒澤明の精神病理」を適当に混ぜて書きます

>この映画、元々なんで東映が撮影する契約になったんでしょうか?

結局これはアメリカ側の商売の都合と言うのが単純な理由のようです、東宝よりも安かったソウ言うこと
この辺りの契約に関しては青柳哲郎なる怪しげなブローカーみたいな人がカナリ無責任に
暗躍(?)していたらしい、なんせ「量産の東映」って言うだけでなくクルーがTV関係だったって言う始末

で東映京都撮影所で黒澤監督は問題を起こしまくった、でも、それは東映ばかりの責任じゃない
黒澤の現場、映画の現場を知らない奴がお膳立てしたのが大きい

セットの色のが気に喰わず一日中塗り直しその日は丸つぶれ
おろしたてのカーテンの皺が気に入らないで撮影中止(この辺りは東映とは言え普通の映画なら、ありえない事)
絶対写らないと思われる窓の向こうの図書館の本の1941年以降の本を発見、全て入れ替えさせる

まぁ色々もめたらしいそれも撮影開始からたった2週間の話である
結果、黒澤監督が撮影したフィルムはわずか8分間であった、モチロンこのフィルムは本編には使用されていない

しかしどれもこれも黒澤監督との付き合い方を知っている東宝スタッフなら問題なくクリアしていたはずの話
黒澤監督は実に無責任に慣れた環境からヤッツケで用意された現場に放り込まれた
東映での問題をあえて誰の責任かと言えばこの青柳と言うインチキ野朗と言えるようだ

1967年に解雇された黒澤監督を再度復帰させようと言うフォックス側の努力はその後2年間も続く

普通考えられない話だが、黒澤監督はそれだけフォックスに買われていたのだ
ちなみに、黒澤監督の代役には、岡本喜八、小林正樹、市川昆、中村登らが候補になっていたらしい
どの監督も素晴らしいと思うが舛田利雄監督に白羽の矢がたったのは、フォックスとしては失敗は
したくなかったゆえだろう、彼らに必要だったのは職人だったと言う事だ結果、残念な事に
この作品はある一面「会社の作った大作映画」と言う印象の作品になってしまった

(舛田利雄監督に関しては不勉強です、うかつな事を書くのはよくありませんがこの時は少なくとも
会社の望む仕事をする職人として仕事をされたと思います)

映画芸術に対してハッキリ言って異常と言える愛情を持つ黒澤監督が時代からずれ始めた
彼が満足する製作環境はブッチャケタ話、金がかかる、大資本が絡めばワガママはとうらない
会社は芸術は望まない良い商品を望むのみだ、黒澤監督は日本でもアメリカでも扱いにくい人物になっていた
映画人口の激減で日本映画界(東宝)には余裕が無い、アメリカ資本から見れば彼は非合理的過ぎる

当たり前の事だがゴジラや、若大将シリーズが黒澤作品を支えていたのだ
黒澤監督は、映画産業黄金期にしか存在できない人物という事も言えるだろう、算盤弾きながら付き合える人物じゃぁ無いのである

「実は繊細で弱い人だった・・・」

よく聞く黒澤評だが彼は「天皇」としてしか映画を作れなかったのかもしれない。
絶対、映画を商売にする事が出来ないわけだから

そしてその事を、実は目の当たりにするまで黒澤監督本人は自覚していなかったのでは無いだろうか



お名前:みなーみ


トラ!トラ!トラ!と黒澤明 2

「そんなに切りたきゃぁ!フィルムを縦に切れ!縦に!(裏声)」

黒澤監督が、映画「白痴」を会社側に無残にも半分までカットされた時に怒鳴った有名な台詞、
裏声だったかどうかは知りませんが

「トラ!トラ!トラ!」で黒澤が用意した脚本はなんと401ページの超大作これは時間に換算すると
4時間半、長っ 当然これはアメリカ側の意向で短縮されるわけですが、この脚本が日本側のシーンのみ
なのかそれとも両方合わせた脚本なのかは判然としません

この段階で黒澤監督はカナリゴネタようですが、先に折れたのはなんと黒澤監督の方でした
色々捕らえ方はあるでしょうが自分は折れてでもやりたい作品だったと言う事だと思います
まぁここで相当その後、爆発するフラストレーションを溜めこんだのでしょうが

この際カットされたシーンはR・フライシャーが語るには

「必要性が全く感じられない、シーンと思ったしかし後から思えば
日本人には必要なシーンだったんだ当時はそれが理解出来なかった」

このシーンが一体なんだったのか想像するのは楽しいですが、僕は以下のような
ものだったのでは無いかと想像します

■アメリカ版ではカットされた、渥美清の登場シーンが実は相当、多数あった

山本五十六が陸軍の話をコックにボヤクシーンなんてのは、なかなか落語チックで良いのではないでしょうか
ボヤイタあとに逆切れして怒鳴る・・・ありそう・・・実際のシーンは知りませんが
コメディリリーフの存在は黒澤映画には不可欠です

■「ハワイ〜」と同様、主人公に当たる航空兵が存在していた

「トラ!〜」が「黒澤版、ハワイ・マレー沖海戦」であったならこれはあっても不思議ではないでしょう

■山本五十六が延々と能を舞うシーンがあった

いやこれはネタです、そんなシーンがあったらなんだかなぁと・・・しかし理解出来なかったと言う点ではこんなシーン
だった可能性も否定出来ますまい、僕も理解出来ない可能性があるが(汗)

何れにしてもここでカットされたシーンは明らかに、この映画を”黒澤映画”にするものだったに違いありません

また当初この映画で黒澤監督は主要なキャスティングを12人の資本家で構成しようとしたと言うのも有名です
この案も撮影前に没になりますがR・フライシャーはアッサリ

「次の映画のスポンサーを探していたと言う事だろうケッ」

と言っております、しかし赤城の南雲艦長を、本田宗一郎あたりがやってるのを想像するとナカナカ楽しい
本物に見える人物をつかいたかったって言うことであって無意味な試みでは無かったと思います

想像してみてください、これらの足りないシーン、試みが補われ、
自殺未遂で作風が変わる前の全盛期の黒澤明が総監督をする幻の「トラ!トラ!トラ!」
余りの長さにケツが痛くなる事うけあいですが恐らくお勧め度10ぐらいは軽く行く作品だったに違いないと思います

しかしそれだけ用意した具が始まる前に半分にされても黒澤監督はこの映画をやりたかった

本来完璧主義の御大の、この映画に対する思い入れの証明に他ならないのでは無いでしょうか



お名前:みなーみ


トラ!トラ!トラ!と黒澤明 3

「あれはね、自己嫌悪だったんだよ。テレビとかそう言うものの中にのめりこんでいく自分ってものが急に嫌になったんだ」
映画評論家、西村雄一郎の自殺未遂に関する質問に黒澤監督が答えた、貴重な言葉

いきなりだが「黒澤明、てんかん説」って言うのがある彼の創作性はその疾患から来る
感情の激しさから生まれてくると言うのがこの説の概略

この話、根拠が監督の自伝「蝦蟇の油」から来ており割と真実みがあるのだが(みなーみ的には納得)
黒澤明受難時代10年の最大のミステリー“自殺未遂”もこの説によると一気にその謎めいた雰囲気がぶち壊されてしまうのである

疾患からくる、一時の感情の爆発によるものだった

                         以 上

ちょっと待ってくれ、そんな実もふたも無いあほな・・・神秘性もへったくれもあったもんじゃないトホホ・・・

それだけではない自殺未遂以降の黒澤作品の作風の変化はその時、露見した疾患の治療を御大61歳から
ようやく始めたのが大きな要因となっているとこの説は論じている

なんだか、言葉だけ聞くと何もかもぶち壊しな感じがするが冷静に考えると感慨深い物が有る
黒澤明はまさに映画あっての黒澤明だったと言う事だ

一般人としての精神のバランスという意味では黒澤明はかなり問題があると言って良い人である
感情の振幅が激しく割りと簡単に自らの死に関する言葉を公に口走る、ただそれが創作のエネルギーとして変換
される時、彼は天才的な手腕を発揮するわけだ、逆に言えばエネルギーのはけ口を与えてやらないと
その破壊的なエネルギーは自身を傷つける方向へと向かってしまう
彼にとって映画は生きる為に空気同様に必要不可欠なものだったわけである

映画産業の衰退は、まさに黒澤監督自身にとってリアルな意味での危機だった映画を作れない事は彼にとって生きれないと言う事なのだ!

生きる為の模索のなか「東京オリンピック」「暴走機関車」と二本の作品が流産そこへ「トラ!トラ!トラ!」が海を渡ってやってきた

三度目の正直だ!今度はいけるぞこれが出来なきゃ俺は死んでしまう!リアルで!

自覚があったかどうか定かでは無いが黒澤監督はそんな精神状態だったのは間違いないと確信する
しかし、生きる為に飛び込んだその場所は、前述したように情熱よりも算盤勘定が第一の普通の世界だったのである
もはや黒澤監督の探す黄金期の映画の世界はどこにも無かった。結果彼は、はじき出されてしまうのだ。

一般的な社会人の仕事の世界で言えば自分の意見が単純にとうらないからと言って任された仕事を放棄する事は「逃げた」と
言われてしかるべきである、だからやはり、あえて暴言を、とうそう彼は仕事から逃げたのだ
どうあれ、このときの精神的ダメージは冒頭に書いた監督の言葉の「自己嫌悪」の大きな一因となったのは間違いない

ただこれを、黒澤監督と言う天才にあてはめる事は、あまりにも暴言である。
生きると言う事と仕事というのは本来、別の話なのだから。



とても結論と言える代物ではありませんが、これにて今回は、まとめとさせていただきます駄文を最後まで読んでくれた方
おられましたら本当にありがとうございました、少なくとも自分はおかげで少しスッキリいたしました
今後も勉強したいと思っておりますなにか良い本等ありましたら、ご教授いただけましたら幸いです、今後もよろしく








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