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お名前:みなーみ >冒頭から眉目秀麗な日本快男児が正装して連合艦隊旗艦戦艦長戸にズラリ並んでいるから、 >あれ見たヤンキーは椅子から転げ落ちたんじゃないか? 激しく同意であります(笑) ソウ言うこと考えると真珠湾攻撃と言うスポット的な部分に関しては公平ですが 二次大戦の映画としてはメチャメチャ日本びいきの作品に結果としてなっちゃてる いまじゃ考えられませんね だって日本海軍でかっこ悪い奴が一人もいないんだもん、これも黒澤効果でしょうか?? お名前: 山田ぶうたろう >円谷英二 >特技監督と名のついたのは初めてですが 円谷英二に「特技監督」の肩書きがついたのは、1955年の「ゴジラの逆襲」から。 それ以前は、かの「ゴジラ」ですら「特殊技術」のみの肩書きです。 いわば、「ゴジラ」の成功で初めて一本立ちが認められた、ということ。 それ以前は単に一部門の責任者に過ぎなかったわけですね。 尚、「ハワイ・マレー沖海戦」のスタッフロールには、円谷の名前は出て来なかったような気が・・・ 黒澤監督が「トラ!トラ!トラ!」の監督を降りた理由については、明確ではないですが、文春文庫の「異説・黒澤明」に かなりつっこんで触れられています。(残念ながら絶版) 簡単にまとめれば、 「勝手のきく東宝撮影所と馴染んだスタッフから切り離され、不慣れな東映京撮でなじみの薄いスタッフと組んだものの、 やはり黒澤の思い通りには行かず、契約の期日にも縛られ、結局は思い描いた作品にはならないと断念した」 ということらしいのです。 例えば、攻撃隊員の手紙が山積みされたアップを撮ろうとした際、その中にヤクザの果たし状が入っていたらしい。 完璧主義者の黒沢には、こんなことが許せるはずがありません。 即、撮影中止になったらしいです。 そしてナーバスな人ですから、「こんなスタッフとは仕事ができない!」と思いつめてしまったのでしょう。 結局「世界のクロサワ」と言えども、彼を理解し手足となって馬車馬のように働く多くのスタッフがあってこそ、なんです。 映画は絵画や小説のように、個人の努力でどうにかできるものではありません。 極端な話、黒澤のあのモノクロ時代の名作群は、黒澤個人の作品というより、無形の「黒澤組」が作ったものだった、 ともいえます。 同じようなことは、「トラ!〜」の舛田利雄についても言えます。 この監督、元はといえば日活の人ですが、東宝で撮影した映画では「人間革命」を除けば殆どが駄作です。 一方、東映での作品では、「二百三高地」「大日本帝国」や「片翼だけの天使」など佳作が並びます。 そして、これらは初期の日活作品「用心棒稼業」「花と竜」「赤いハンカチ」などには及ばない。 監督と撮影所・スタッフのと相性は、かなり深刻な問題のようです。 お名前:みなーみ どうも、またまた訂正ありがとうございます 一応ネットで調べると特技監督となってましたが、テロップまでは確認してませんでした そーす でも往々にして間違ってる事も多いですからね、実際「ハワイ〜」を円谷監督のデビューと 平気で書いてる所も結構あります コメントも180を超えなんだか日本映画史のスレッドになって来た感じです やっちまった以上は責任持って僕ももう少し勉強せねばうむ 黒澤監督のエピソードに関してはうろ覚えですがそんな話を聞いたことがあったのを 思い出しました。 アクの強い東映京撮のスタッフです(半分ヤクザみたいな人たちですから) 結構コテンパンにやっつけちゃったのではないでしょうか この仕事に意気込みが強ければ強い程、やり損ねたと言う喪失感、敗北感は 大きいはずです、例によって妄想に過ぎませんが、確信を持って 「トラ!トラ!トラ!」は間違いなく黒澤監督にとって最重要といっても良い作品だったのだと思います お名前:みなーみ 追加 つまり周りから見ればアル意味仕方の無い事だったとも言えますが この仕事に対する思いが、物凄く強かった黒澤自身からすれば、その敗北感は 実際、自殺にいたる理由にすらなりうる物だったと言う事ではないでしょうか 「なぜ、逃げた・・・・」 っていう自分への問いかけは、逃げた物(本人がそう思うと言う事です)が大きければ大きい程 自分を傷つけるものでしょうから お名前:みなーみ 考えてみれば、この映画、元々なんで東映が撮影する契約になったんでしょうか? 特撮部分に円谷監督の映像が入ったりテロップには 村木与四郎の名前も入ってるでも東映 営業力の力って奴でしょうか?? 映画が個人の創るものでは無いと言うのは、本当は当の黒澤監督自身が 一番解ってたはずです、所詮観客でしか無い僕ら以上に それでも飛び込みたかったってのは、ある意味、知ってて罠に飛び込んでいくような物ですよね 冷静では無かったと言う事が言えると思います 繰り返しになっちゃいますが、そんな風に考えれば黒澤監督はどう考えても 一応、その後起こる困難を予測していたと思うんですが・・・ それとも、東宝、東映のスタッフの入り乱れ具合から推測するに途中からドンドン 話が変わっていった???商売じゃよくある話です だれが考えたってこの作品はカナリ黒澤監督にとって重要な作品です もし、これが先の妄想のとうり予測できた事なら黒澤監督は悲壮な覚悟でこの作品に 挑んだ事になる それとも契約内容が途中から二転三転するような状況だったとしたら これは、また話が違ってくる しかし僕は後者であったなら、先に書いたとうり黒澤監督は 派手に逆切れしてその後に精神的ダメージをそれほど残さなかったと思うんです 教えて君になっちゃいけませんが 「異説・黒澤明」はそこまで言及した本なんでしょうか? お名前: ooshima その東映のスタッフを並べてぶん殴ったそうだよ、黒澤監督(笑) だってさ、東映のスタッフとウマが合う訳ないもの。 弟子の森谷四郎は「動乱」を東映で撮ったけどよくぞやったなと感心する。 倒産した新東宝から移籍した監督が言ってたけど、外部から来た人間にはオッカナイ所のようですよ、東映って。 東映は組合と会社側との血みどろの抗争があって、 警察のドラマの撮影中に喧嘩が始まって、現場に本当のパトカーがやって来ることは珍しくなかった、 とモノの本にあります。まあ、話半分にしてもスゴイ事だね。 撮影を開始した時は経営合理化で極端な首切りとイジメとも言える人員移動やった後で、 内部がかなり殺気立っていたらしいですよ。(以上の事は確証が無いです) お名前:みなーみ うーむなるほど、いい話だ(笑) とりあえず、このあたりは僕なりに結論出したいですね 暴言はいたなりに・・・ でもそうなると当時の東映に関しても知らなきゃいけないわけですね大変だ >(以上の事は確証が無いです) いや僕の発言の1000倍くらいは確証ありですよ(笑) お名前: 山田ぶうたろう >みなーみさん うむ、確かにこのスレは、「黒澤明を通してみる日本映画史」スレになってきているかもしれません。スゴイ! 「異説・黒澤明」には、「トラ!トラ!トラ!」降板にいたるはっきりした原因は明記されていません。 ただ、当時の記録や証言などから「こうもあろうか」というあたりを暗示しているだけです。 黒澤をよく知る人々が既に亡くなったり、或いはダンマリを続ける限り、明確な真相は結局わからないでしょう。 まさに「羅生門」の世界です。 「トラ!トラ!トラ!」の日本での撮影権(興行権を含む?)をなぜ東映が落札したのか、は私にも解りません。 (フォックスならば東宝と付き合いが深いはずなのに・・・) 黒澤としては、「ここで新しいスタッフと組んで新しい表現に挑戦したい!」という思いも強かったのでしょう。 (「赤ひげ」で三船とも訣別していますし) 結果としてそれが裏目に出た、ということだと思います。 「『トラ!〜』の契約には監督に編集権がなかった」ということも、降板の主原因といわれています。 複数カメラを用い、多数のフィルムの中からベストショットを見事にカット割りするのが黒澤の得意とする技法 のわけですから、これは痛い。 更に突っ込めば、「トラ!〜」降板に至る経緯として、 1.「東京オリンピック」総監督降板 2.「暴走機関車」製作中止 の2点も抑える必要があるでしょう。 特に「東京オリンピック」降板に関しては、黒澤本人にはかなりショックだったようです。 しかし、見積した撮影機材費・人件費の予算が天文学的だったので、市川昆に代わったとのこと。 これら3つの要素に「どですかでん」の不評(+東宝上層部の黒澤への不信感)が積み重なって、自殺未遂に 至ったのではないか、というのが私の考えです。 それにしても。 黒澤の監督したオリンピック映画。 完成していれば「民族の祭典」を超える作品だったに違いありません。 お名前:みなーみ どうもありがとうございます! 実は今、暴言に対するそれなりの根拠を書くべくネタを仕込んでいる最中でして 今回は、それなりの文章を書きたいと思っております なんだか「のびたの恐竜」の、のびたになったみたいな気分ですが (ドラエモンはooshimaさんと言う事でお願いします(笑)) 一応言った以上「逃げた」と言うのは僕の意見として変えないように しようと思います 意味としては撮って欲しかったと言うファンの願望に過ぎませんが |

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